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(1)降り続く
〈注意・津波被害を連想させる描写があります〉
雨音がする。ここ数日外に出ていないが、連日雨のようだ。
敦は、愛し合った恵子のことを想い出していた。なぜ、彼女は突然別れを切り出したのか。彼にはその原因がどうしても判らなかった。ただ恵子の真剣な眼差しに圧倒され、何も聞かず同意した自分を悔やんだ。せめて理由を聞けば、ここまでひきずることもなかったのに。
雨は、アパートの庇に途切れることなく落ち、安普請のトタンを叩く。その音に戸を叩く音が重なった。
「おい敦いるか?」
佐藤の声だ。鍵はかかってないと言うと、奴は乱暴にドアを開けた。
「お前、ゴムボート持っていたよな」
安物のレインコートから雨水がしたたり落ちる。手には大量のペットボトルを持参していた。
アパートの一階部分は、すでに水が侵食していた。敦は、恵子の回想に浸って外界の異変にまったく気づいていなかった。
「噂によると水自体が汚染されているそうだ。なるべく雨水に触れない方がいい」
「で、このボートでどこへ行くんだ?」
「高い建物に決まっているだろ、ここなら新宿副都心」
最小限の持ち物を用意しているうちに、雨水は二階の自室にまで入りこんできた。どこから流れてきたのか、木の味噌椀が浮かんでいる。先ほどまで生活していた空間が、もはや残骸に変わっていた。
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