昨日の雲に手が届かない。(恋愛、雨の日)

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昨日の雲に手が届かない。(恋愛、雨の日)

   昨日の放課後、彼女と雲の話をした。台風のせいか、流れが速い雲を目で追った。  この片思いが実りようのないことを、知っていた。この雨が上がるまでに諦めたほうがいいことも、知っている。バケツをひっくり返したような雨が窓の向こうで音を立てる今日、僕は大学を休んだ。  雨は、目を瞑って生きているような僕を脅かしている。湿気は、常に自分の幸せだけを求めているようなズルい僕をベッドに縛り付けた。  外に出たら、今日も雲の流れは速いだろうか。いや、雨雲でそもそも昨日の紫とオレンジで彩られた背景を走る雲なんて見えやしないか。 「でも、日が暮れたら外に出てみよう」  追いつけない彼女を、目で追うくらいはしたかった。いつでも自分に真っ直ぐにいたいと、足掻いて、前を向こうとする彼女は、僕にとって遠い存在だった。少し触れてしまったから、彼女の存在を近くに感じてしまったから、こんなにも苦しい。僕はきっと、勘違い野郎だ。  雨の日くらい下を向けばいい。下を向いて、水溜りを避けたらいい。そうしたなら、傷つかないでいられる。それなのに彼女は前を向く。下を向くことを知らないのだろうか、それとも彼女は、下を向けないのだろうか。  水溜りを踏んでしまえば、靴に水が染み込んで彼女の足取りを重くするだろう。それどころかスカートに足に、水が跳ねて彼女を濡らしてしまうかもしれない。傘を差しても防げない、小さな傷が足について離れなくなったら、それが気づけば一人じゃ拭いきれないものになっていたら、彼女はどうするんだろう。  その時の彼女を、僕は救いたかった。  でも残念だ。自分の傘もうまくさせない僕が、彼女に傘を差しながらどうして足元のその水でさえ拭えると思ってしまったのだろう。そもそも、彼女はそれを諸共しないくらい強いのに。 「雨が邪魔で、手が届かない」  手が届かないのなら、傘もさせない。  深い水溜りに足を取られたような気分だった。雨で視界も悪くて、このままじゃやっぱり目で追うことすらできない。 「酷い、雨だな」  それでも僕に冷たいこの雨が、彼女の耳に心地よい音をさせてほしい。 「だからお願いだ、もう少し穏やかに」  ついでにこの鼓動も穏やかになってくれれば。
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