20/20
53人が本棚に入れています
本棚に追加
/116ページ
 なぜかはわからないけれど、そうしないと、ここからいなくなってしまいそうだったから。泡みたいにとけて消えてなくなってしまいそうに思えるほど、菖浬の微笑みはどこか痛々しかった。   今でもたまに思い出す。両親の葬式で、じいちゃんの隣に立つ菖浬の姿。  あの頃の菖浬は、今よりもずっと小柄で細く、手足などは木の枝のようだった。けれど、きっと前を向いて、歯を食いしばっていた。最後の最後まで、泣いたりはしなかった。 おれと出会う前のあいつが、ここでどんなふうに暮らしてきたのか、当たり前だけど詳しくは知らない。  わざわざその頃のことなんて訊かなかったし、菖浬も自分からは話そうとしなかった。あいつが自分から言わないなら、別にそれでいいと思っていた。 「ちょっと疲れてるだけだよ。何でもない。心配させてごめんね」 「菖浬、おまえ、本当に大丈夫か?」 「大丈夫だよ」  タオルとシャベルを小脇に抱えて、菖浬も立ち上がる。先立って石段へと向かうその華奢な背中を、おれはあのときの宗像さんのように、ただ黙って見送っていた。  じいちゃんが、かかりつけの先生のつてで都内の大きい病院に入院したんだと菖浬から聞かされたのは、それから間もなくのことだった。
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!