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「だってじゃねえよ、まったく。約束どおり英語の予習写させてくれよな」
「わかってるって」
「マジで頼むよ。おれ、冗談抜きで明日当たるんだから」
どっかりと木の根元に腰を下ろすと、おれは制服のシャツの袖で汗をぬぐった。風が弱いせいで、余計に暑い。
このあたりの地形は盆地で、初夏から秋にかけては、ほとんど毎日のように霧が発生する。そのせいかどうか知らないけど、空気はいつもどこかじっとりと重く、湿り気を帯びている。
この神社のある菖蒲山(あやめやま)付近の森は、『霧の森』とも呼ばれて、あやめ野市の観光ガイドにも載っているくらいだ。
手を団扇代わりにぱたぱたと顔をあおぎながら、おれはあらためて菖浬の顔をじっと見た。
まだ六月だというのに、黙っていても制服のシャツが背中にはりついてくるような暑さの今日でさえ、ほとんど汗をかいていない。
まったく、どういう神経してるんだか。うらやましいことこの上ない。
だけど当の菖浬はそんなおれの視線には気づいてないようで、ビニール袋をがさがさいわせながら、中から取り出した牛乳のパックを指先でこじあけていた。
「ほらほら、そんなにあわてないでよ」
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