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 光司はいつでも距離が近かった。気づくと隣や後ろにいて、隙があればくっついたり肩に顎を乗せたり腰に腕を回したりしてきた。すぐ傍で香る光司の香水の匂いは、もう友宏の記憶に深く染み付いている。みずみずしく甘く刺激のある匂いは光司の色気そのものみたいで、思い出すたび近くで香るような気すらする。  あの近さに寄られてなにも香らないことに違和感を覚えた。振り返るまでのほんの一瞬、後ろに光司が立ったような気がした。たぶん光司も同じことを言い、同じように首筋に顔を埋めてきた。きっと光司は後ろから腰に手を回してきて、耳元で低く笑う。いい匂い。似合うな、これ。そう言う声さえ友宏は簡単に思い浮かべてしまう。  嫌な鳥肌が立った。  光司がいなくなってから今日まで、こんなにリアルに光司を感じたことなんてなかった。どんなに苦しくても寂しくても、光司はもういない。二度とこの家には帰ってこないし、友宏の隣で眠ることも、親しく触れて来ることもない。光司の棺が焼けるところを見た。骨を拾い、砕き、骨壷に納めた。この家に濃厚に漂っていた光司の気配も、四ヶ月の間に段々と消えつつある。部屋に残された香水も、光司がつけなければ同じようには香らない。  心臓が、ぎゅう、と絞られるような気がした。  気味が悪い。  睦月は、あんなに光司に似ていただろうか。  光司はもういないのに、あの手が、あの唇が友宏に触れて来ることはもうないのに、唐突に似た気配が漂って息ができない。     
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