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 言われて、濡れ髪を放置してたことに気づいた。睦月は不思議そうな顔でふうん、と言い、感情の読めない目で見つめてくる。あかるい瞳は無遠慮にまっすぐで、光司に見つめられるのとは別の意味で気後れしてたじろぐ。  不意に睦月が腕を伸ばした。反応できずに手首を掴まれて、意外な力で引き寄せられ、首筋に睦月の鼻先が押し付けられる。 「うん、やっぱりいい匂いだな」  体の深いところから響くような、低く甘い声だった。 「似合うよ」  違和感に鳥肌が立った。  至近距離から見下ろすと、息がかかる距離で美しい顔が笑った。長く繊細な睫毛に縁取られた奥二重の切れ長の目。眠たげな瞳に光が差して、一瞬金色に見えた。淡く上気した白い頬。通った鼻筋。薄い唇は化粧品の広告のようにつやつやで、目の前でその唇がすこし開き、嘘のように美しい肉食獣の顔が迫り、何の予告もないままに、柔らかく唇を塞がれた。  背筋が冷えた。  思わず本気で押し返した。小さい睦月は簡単に離れて後ろにたたらを踏んだ。押した感触が軽くてぞっとした。光司の気配だったのに、目の前にいるのは紛れもなく睦月だった。光司はこんなに小さくない。簡単に押しのけられてくれないし、触れた感触だってもっと重い。 「あれ、違った?」  目の前で睦月が気の抜ける声を出した。     
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