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 感情の乗らない瞳が不思議そうにこちらを見た。光司よりすこし幼い顔がまっすぐに見つめてきて、友宏は無意識に唇を拭う。柔らかな感触が残っていた。光司がいなくなってから久々に感じる、他人の唇の感触だった。 「何……お前」  言葉が出なかった。いまされたことに混乱して、何を聞いていいかわからなかった。 「必要じゃなかった?」  目の前で睦月が首を傾げる。濡れた髪が耳の下で揺れた。濡れると癖が強く出るのを知っていた。その触り心地も、指にまとわりつく髪の細さも。  しかしそれは、睦月のではない。 「いま、何したの」  睦月を見つめたまま聞いた。 「何って、キス?」  なんでもないことのように睦月は言った。  必要なら言ってくれればなんとかなるかも。  そう言った今朝の睦月が思い出された。  睦月の中に、何か取り返しのつかないことが起こっているような気がした。いま目の前にいるのは果たして友宏が知っている睦月なのだろうか。朝に弱くていつも眠そうにぼんやりしている睦月。どこか気が抜けるような声で話す睦月。筋肉なんてどこにもなさそうで、表情がないくせにこちらをじっと見つめてさり気なく優しく振る舞う、気が回りすぎる睦月。     
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