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 キスされる寸前のほんの一瞬、睦月が光司の顔をした。こちらを捉える強い視線で、なにもかもわかっているような優しい顔で、美しいのにだらしなく微笑む顔を見た。似合うよ、と言った声は低く甘く響いて、腕を掴まれた時の乱暴さも、唇を押し付けられた時の勝手さも、光司のものだった。 「お前……もしかして光司になろうとしたの」  目の前の睦月が不気味に見えた。今朝のあの言葉は、冗談なんかじゃなかった。さっきの睦月は間違いなく光司だった。あの視線を知っている。肉食獣の目を知っている。あの目に見つめられたら、友宏は抵抗できない。  光司は、もういないはずなのに。  あの視線はもうどこにもないはずだった。光の加減で金色に見える肉食獣の目も、身勝手で乱雑なくせに死ぬほど優しい仕草も、友宏を丸裸にしてなにひとつ隠し事をさせてくれない無遠慮さも。光司はもうどこにもいない。友宏にキスをしてくることはもう二度とない。強引に抱きしめてくることも、雑に頭を撫でてくることも、二度とない。 「おれは光司じゃないよ?」  睦月が平坦に呟いた。  いまのは睦月の声だった。 「でもまあ、隣にいるし。本気で来られたらちょっとわかんないけど、キスくらいなら別に」  睦月の顔からは一切の表情が抜け落ちていた。こちらを見つめる視線や声からは何の感情も読み取れなくて、友宏は混乱する。     
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