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 睦月は動かなかった。目を合わせることができなくて、友宏は足元の睦月のスリッパを睨む。 「光司いないのに、おれが隣にいるのってしんどくない?」 「なに、それ」 「本物にはなれないけど、しんどいときの替わりくらいなれるし」  顔を上げた。相変わらず感情の読めない顔をした睦月が目の前にいた。透明な視線が友宏をじっと見つめる。 「おれ、なんか変なことしたかな」  真顔で言われて、ぞっとした。  言葉が通じないと思った。目の前の睦月が、全然知らない人間に見えた。もともと睦月は考えが読めない。しかし、いまのは、何かが決定的におかしい。  黙って見つめるしかできない沈黙の中に、唐突にスマホの着信音が響いた。 「あ、おれだ」  睦月が視線を外した。 「友宏、はなして」  何事もなかったかのように睦月は友宏の手を肩から外して、机の上に置き去りにされていたスマホをとった。 「あれ? おばさん?」  濡れた髪を拭きながら睦月は普通に電話に出る。その脈絡のなさに驚いて、電話口に向かって淡々と話す睦月をただ見つめることしかできなかった。 「あー、忘れてた。そこじゃなきゃだめ? めんどくさ……。まって、メモしてもらうから」     
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