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泣く母はかわいそうだった。母の失恋に、少なからず自分の存在が関わっているだろうことはわかっていた。とっくに物心ついている息子の存在は、大人の男にとって小さくはない障害らしい。それでも睦月をきちんと育ててくれたのだから、睦月は母を慰めるくらいはするべきだった。話を聞いて、涙を拭いてやって、必要であれば、大人の男のような口調で母を諭し、勇気付けた。本質的には働くことが得意ではない母が、また日常に戻っていけるように。本当は睦月が働くことができたらよかった。それでも伯母が、高校は出ろ、バイトはしなくていいから勉強をして大学に行け、と言うので、睦月はその通りにした。他にできることはなかった。週五日の派遣事務と、週二日スナックで働く母を待ちながら、ただ勉強をしていた。
隣から友宏の寝息が聞こえる。
呼吸が深くて安心した。
眠れずに目を開けている気配も、光司の不在に泣いている気配もなかった。
寝返りを打った。少し腕を伸ばすと、こちらに背を向けて眠る友宏の背骨に指が触れた。
友宏は体温が高い。暑がりだから、タオルケットは睦月の方にぜんぶ寄っている。
睦月の末端冷え性の指先が、友宏の体温でほんの少し暖まった。
目を閉じた。
友宏の寝息は安心だった。
母にはもう父が隣にいる。父はいままでに見たこともないくらいに安定した男の人だから、もう睦月が夜中に起きる必要はない。
友宏が動いた。背中に触れていた指先を握られて、引っ張られた。たぶん光司と間違われているが、抵抗しなかった。友宏を背中から抱くような形になった。
友宏の背中に顔が当たった。まっすぐな背骨に額がくっついて、規則的な呼吸を感じた。
友宏は安定している。もともと精神が健康なのだと思う。光司の死が友宏をかき乱しても、根本は崩れない。
同じベッドは安心だった。
くっついた友宏が暖かくて、睦月はそのまま朝まで眠った。
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