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 夏の光司はうるさかった。睦月と違って暑さや日差しにやられるタイプではなかったが、暑かったら暑かったでうるさいし、少し涼しければそれはそれでうるさかった。根本的にわがままなのだ。光司が騒ぐので夏は隣にいると温度が上がるようだった。暑かろうがなんだろうが構わずくっついてくるし、汗だくでも関係なく首や耳の後ろに唇を押し付けてくるので友宏はかなり困った。嫌がる友宏の隣で光司は楽しそうだった。  冬に光司が急に死んでしまって、気づけばもう夏になる。  たった一年と少しだ。それだけしか光司と一緒に暮らしていなかった。光司と共に過ごした時間はそれだけしかないのに、友宏の記憶に光司は強烈に居座る。光司と過ごしたたった一度の夏。並んで電車を待つ駅のホームの湿度と暑さ。真夏の埃臭いのに蒸すような匂い。その中に一瞬漂う、みずみずしく甘くスパイシーな光司の香水。汗ばんだ横顔と前髪をかきあげる大きな手。見上げると光司は視線だけで笑った。なに、と声に出さずに聞かれて、友宏はいつも首を振った。見惚れていたことはバレていた。光司は余裕綽々に微笑んで、友宏のつむじに唇を寄せる。     
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