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「いや、暮らしやすいならいいんだ。ただ、あの家にずっといることが、少し心配でね」  食卓の上で手持ち無沙汰に両手を組んで、睦月の父は僅かに俯く。嫌な予感を感じた。なぜだか、これから自分が傷つくだろうことがわかった 「友宏君。きみはまだ十九歳だ。光司はあんな奴だったが、その、あまり、あいつにこだわらない方がいい」  食卓の写真立ての中で、母親と頬をくっつけた光司は笑っていた。 「きみと光司の仲は知っている。それを甘く見たり、馬鹿にしたりするつもりはもちろんない。でも、光司は、もういない。きみはこれから何十年も生きる。その中で、光司一人に縛られて、時間を犠牲にすることはないんだ」  喉に詰まったような言葉だった。その意味を、友宏はたぶん正しく聞いたと思う。  わかっている。光司はもういない。光司は友宏の知らないところで死んで、遺体は焼けて、骨と灰になった。  友宏を身勝手に抱き寄せた体はもうない。  体の深いところから甘く響く低い声で呼ばれることもない。  抱きしめられたときに香るみずみずしいような匂いも、光の加減で金色に見えるあかるい瞳も、触るとすぐに赤くなる真っ白な肌も、細いのに力強い腕も、もうどこにもない。     
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