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 くしゃくしゃの猫っ毛に触れて、額をくっつけて、見つめあってキスをして笑った。あの家の中で何度も抱き合った。何気ない毎日の中にいつだって光司がいた。たった一年と少しだ。それなのに友宏の体に光司の記憶は焼き付いて、これはもう一生消えない。消したくない。  光司が死んで、ちょうど半年だ。  その間に光司の記憶はいつの間にか薄れて、あんなに図々しく友宏の中に居座ったくせに、友宏はもう光司の気配を以前ほど生々しくは思い出せない気がする。家に帰ればいつも光司がいた。光司の気配があの家の中に常に漂って、一緒にいなくても光司は自分の相棒なのだと、恋人なのだと体に染み付いたはずだった。いまはあの家にもう光司はいない。光司の歯ブラシを捨てた。使いかけの化粧水や洗顔料を捨てた。服を箱に入れて、クローゼットの奥底にしまい込んだ。光司はもうあの家に帰ってこない。そんなの、誰よりも友宏自身が痛いほどにわかっている。  睦月があの家で待っていてくれたおかげで、こんなに痛むほど考えることはなくなっていたのに。  一生忘れないと決めていた。これから自分が光司のいない人生を生きていかなければならないことなんてわかっている。その中で、この身に居座る寂しさや辛さごと、心の底にいつまでも焼き付けていこうと思っていた。光司が好きだった。ずっとあの家で、光司と一緒に暮らしていくのだろうと思っていた。それはもう叶わない。光司は死んで、あの家にはいま睦月と自分だけが暮らしている。     
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