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 速風光司は、もういない。 「なんの話?」  不意にぼんやりとした声がかかった。食卓を見つめていた視線を上げると、睦月がグラスの乗ったお盆を持って突っ立っていた。そのぼんやりした無表情を、思わず縋るような目で見つめた。  睦月は感情の見えない瞳で見つめてきた。それからゆっくりと瞬きをして、父親と友宏の前にそれぞれのグラスを置いた。お盆を食卓に置いて、ふっといなくなる。 「ちょっとトイレ」  睦月の母親が後ろから菓子の乗った皿を持ってきた。母親は睦月によく似た無表情で首を傾げ、「どうしたの?」と呟いた。「あ、コースター忘れちゃった」とも。  母子のぼんやりした気配に緊張した空気が一瞬消えた。友宏と父親が面食らっている間に睦月は戻ってきて、ごく当たり前に友宏の隣の椅子に腰かけた。そのとき、友宏が床に置いていたバッグに何かを落としたのを、友宏だけが見た。 「あれ、お母さんは?」 「あ、ああ。いまコースター探しに行ってる」  睦月の言葉に、父親がペースを乱されながら答えた。 「そんなのいいのに……。ま、いっか」  睦月は薄ぼんやりした無表情で麦茶を飲んだ。グラスの水滴が食卓に落ちた。  どこかで、聞いたことがないスマホの着信音が鳴った。     
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