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自分のは切っていたはずだった。睦月の着信音はこんな音ではない。睦月の両親のものだろうか、と思っていると、睦月がゆっくりとこちらを見た。
「出ないの?」
光の加減で金色にも見えるあかるい瞳が、意志を持って友宏を見つめた。
「あ……ごめん」
思わず言った。着信音は友宏の足元から聞こえていた。
「切るの忘れるなんて珍しいね。仕事?」
睦月がぼんやりと言う。
「……ちょっと、すみません」
視線に促されて立ち上がった。バッグを持って玄関の方まで行き、外ポケットに落とされたものを掴む。睦月のスマホのアラームが、しつこく鳴っていた。
『帰ろう。マンションの外に出て待ってて』
アラームが鳴り続ける画面が、睦月のうすぼんやりした声でそう言っていた。
無機質に言うスマホの表示に、救われたような気がした。
アラームを止めて玄関を開けた。冷房の効いた屋内からマンションの共有部に出て、少し痛む気がする頭を振る。ガラス張りの共有部からは緑に生い茂る中庭が見えた。その緑の強さに、何故だか光司を思い出した。
なんとなく、光司は笑う気がした。
光司なら、これくらいの痛みは簡単に笑い飛ばして、気にするな、と友宏の背を叩いたはずだ。
エレベーターで下に降りた。オートロックがかかる自動ドアを抜けて、夏の日差しと湿度が溢れる屋外に出た。思わず深呼吸した。
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