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 光司とは、仕事でたった一度共演しただけだったのだ。それなのに光司はひとりぼっちになった友宏を簡単に抱き寄せて、あの家の中に引きずり込んだ。たった一年と少し。一緒に暮らしていたのはそれだけだ。たった一度の季節の巡りの間、確かに友宏は光司に守られていた。光司が何かをしてくれたわけではない。本当にただそこにいるだけだったが、それだけでよかった。  一人で生きなければならない。そう思い込んでいた友宏を抱き寄せて、一緒に暮らして、仕事で壁にぶち当たっても、演技の未熟さを罵倒されて悔しさに泣いても、家に帰れば光司がいた。光司は毎日友宏に大好きだと囁いて、疲れも悩みも全部まとめて抱きしめてくれた。光司の笑顔を見ると力が抜けた。何があってもここに光司がいる。もし今後仕事がなくなっても、なにか大変なことが起こっても、光司が隣で笑っていてくれる。それだけで大丈夫だと思えた。  そんな光司を、溢れるくらいに愛して甘やかしてくれた初めての恋人を、忘れるなんてしたくなかった。友宏は確かに光司に救われたのだ。愛されて、甘やかされて、幸せだった。そんな鮮烈な相手を、忘れるなんてできない。  背後でドアが開く音がした。 「おまたせ」  ドアの前に立って、睦月が無表情に言った。 「……悪い」  気を遣われたのだと思い出して言うと、睦月はぼんやりと首を振った。 「父さんとお母さん、適当に丸め込んできた。かえろ」  手に持ったままだった睦月のスマホを返した。睦月はそれをそのままポケットに落として、ふあ、とあくびをした。 「無理に忘れることないよ」     
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