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短くなった線香の先が灰になって落ちた。睦月は立ち上がって線香の箱を探し、新しいものに火をつけ直した。そうしながら、光司に線香は似合わないな、と思った。ずっと海外にいたらしい兄は、線香を知っているのだろうか。
「新幹線て、どこにいたの?」
線香の火が小さくなってきちんと灰色に燃えるのを見ながら、背中で聞いた。
「福岡……舞台の大千秋楽で」
「舞台?」
「俳優やってる」
そこで、友宏の声が少し詰まった。
「……カテコ終わって、ダブルアンコールも終わって、裏に捌けた途端にマネージャーさんから聞いて。でも、もう新幹線の最終も飛行機も終わってて。だから、始発で来た」
鼻をすする音がした。睦月は黙って目の前の光司の遺影を見つめた。写真の中の兄は笑っていた。
黙っていると隣に友宏が立った。棺の中の光司を見て、呟いた。
「光司、相変わらずきれいな顔してるな」
「……うん」
棺の中の兄の顔を見ながら、手を合わせたりするのはなにか違うと思った。仏様なんて光司には似合わない。
友宏が顔を伏せた。泣くのを堪えているのだろうと思った。いない方がいいかな、と思ったが、そうしたら友宏はきっと耐えられないだろうな、とも思った。下手に慰めるのも、一緒に泣くのも違う気がして、睦月は黙っていた。友宏と一緒に泣けるほど、睦月は光司のことを知らなかった。これから家族になるのか、と漠然と思っていただけだ。
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