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 あくびのついでのように言われた。 「好きなんでしょ、光司のこと。そのままにしておきなよ」  目を合わせないまま睦月は言う。そのまま返事も待たずに歩き出したので、友宏も黙って駅までの道を歩いた。なにも言えなかった。睦月の父の言葉も理屈ではわかるのだ。速風光司はもういない。もういない人間に捉われ続けるなんて不毛だ。自分だって息子を失ったばかりなのに、他人の子供である友宏にそこまで心を砕いてくれるなんて申し訳ない。光司を失ったのは友宏だけではないのだ。  理屈で納得できれば苦しむことなんてない。  そのまま無言で家に帰った。電車の中でも睦月は黙っていて、下手に話しかけられるよりずっとありがたかった。それが家に帰るなり呼び止められて、玄関で靴も脱がないまま振り返ると、睦月が喪服のポケットをごそごそやっていた。 「手、だして」  言われて右手を出した。 「両手の方がいいと思う」  無表情に言われて、麻痺したような気持ちで両手を差し出す。睦月は喪服のポケットからなにか小さい缶を取り出して、友宏の手の上にそっと乗せた。外国製の飴かなにかの缶に見えた。 「それ、光司」  菓子の名前を言うように言われた。     
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