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 名前を呼びたかった。呼べば光司はいつだって返事をしてくれた。体の深いところから響く甘く低い声で答えてくれた。光司は大きかった。大きくて華奢な体で毎日うんざりするくらい友宏を抱き寄せて、体じゅうに薄い唇を押し付けて、幸福そうに笑う顔が好きだった。友宏の前で、光司はいつだって幸せそうだった。それだけのことが本当に嬉しかった。自分がいるだけで光司は幸せなのだと思って、その時間が本当に大切で、それがこんな形で失われるだなんて思っていなかった。  光司が死んで、もう半年経つ。  泣くのが止まらなかった。大げさなしゃっくりが止まらなくて、睦月の片手が頭に乗せられた。そのまま少し力を込められるだけで簡単に体は崩れて、細い腕に抱きしめられた。薄い肩に額を押し付けた。睦月の体は小さくて頼りない。自分より小さい体に抱き寄せられて、両手の上に光司の骨を捧げ持って、もうなにも堪えられなかった。光司の仕草で、光司とは違う胸が寒くなるような淡い力で抱きしめられて、睦月が耳元で言う。 「気にするなよ。父さんだって悪気はないんだけど、そんなの、トモは気にしなくていいよ」  体の深いところから響くような、低くて甘い声だった。 「おれは、そうやって、律儀に傷ついてくれるトモも好きだけどな」  いつもの睦月とは違う雑な言葉にどうしようもなく安心して、違和感に心が軋んだ。光司の言葉だった。光司なら間違いなくそう言った。泣きじゃくる友宏を抱きしめて、背中を叩いて、落ち着くまでずっとそうしてくれたはずだ。いまの、睦月みたいに。 「睦月……なんで、こんなことすんの」     
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