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 睦月を強く抱きしめた。光司を愛した誰もが言いたくて、言えなかった言葉だった。光司だって、きっと死ぬだなんて思っていなかった。不幸な事故だ。偶然が重なった結果、あまりにもつまらない死に方をしてしまっただけだ。駅のホームから落ちて頭を打って死ぬだなんて、誰も予想なんかしていなかった。  速風光司はもういない。  睦月が友宏の光司になれないように、友宏だって、睦月の光司になんてなってやれない。  腕の中で睦月はしゃくりあげた。友宏の喪服のシャツを濡らして、いつもは冷たい手も真っ赤にして、子供のように泣いた。光司の前でだけ、睦月は子供になれていたのかもしれなかった。血の繋がった兄の存在は、睦月の人生の中で大きな安心だったに違いない。たった五回会っただけの中で、光司が睦月をどんなに甘やかしたか。一年以上たっぷり甘やかされた友宏には簡単に想像できる。 「おれ……光司が死んでからはじめてかも。泣いたの」  友宏の胸に突っ伏したまま、睦月が涙声で呟いた。 「友宏、優しいね」 「べつに……普通だろ」  誰よりも優しい睦月に言われて、もどかしいような気がした。睦月にはわからないのだ。自分がどんなに優しいか。どれほどの自己犠牲を払って生きてきたのか。 「光司のこと、忘れないでよ。そんなの寂しいでしょ。おれは、光司も、光司のことが好きな友宏も、好きなんだよ」 「俺も、睦月が光司の弟でよかったって思うよ」     
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