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 それでも、目の前の睦月を大切だと思うのは本当だった。例えば、新しく家族になるように。そこにいて当たり前のものが二度と失われないように。目の前で本人すら気づかないうちにひび割れて砕け散ってしまいそうなものを大切にしたかった。それくらいは友宏にだって許されるはずだ。光司のものになってしまって、そこから動けない友宏にでも。  睦月が息を呑んだ。合わせた唇が震えて、驚きに動けないのをそのままに、一度顔を離した。すぐ前にある顔は時が止まったように目を見開いていた。見たことのないその表情が、思っていたよりずっと幼くいじらしく思えた。 「な、なに」 「あのさ……たぶん、俺、お前に恋はしねえけど」  言うべきだと思った。きっと睦月には言わなければ伝わらない。 「好きだよ」  睦月が目の前で首を傾げる。それが睦月の癖のひとつなのだということはもう知っていた。睦月はただ黙って首を傾げる。そうして、相手の言葉を待つ。 「光司とは違うけど、俺はもう光司を忘れられないけど、お前と暮らして、もう、大事になったんだよ」  睦月はじっと黙っていた。長い沈黙にいたたまれなくなる。見つめてくる視線は無感情で、だからこそ何もかも覗き込まれているような気さえする。睦月の前で、嘘はつけない気がする。 「同情?」  不意に聞かれた。その頑なさにため息をついた。本当に睦月にはわからないのだろう。睦月の人生に、睦月自身はきっといなかったのだ。自分に向けられる感情の種類さえわからなくなるほどに。 「お前さあ……なんでそんな自己評価低いの」     
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