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言葉は、あまりにも簡単に響いた。あまりにもあっけなくて、冗談か何かのように聞こえた。
睦月は黙っていた。
沈黙があった。ベッドのシーツを見つめたまま、睦月の顔を見ることができなかった。言葉にしてしまえばこんなにも気恥ずかしい。それでも、嘘はなにひとつなかった。
「ねえ」
睦月がそっと言った。
顔を上げた。すぐ傍で睦月がこちらを見ていた。普段は静かにこちらを眺めるあかるい瞳が、いつもより揺れている気がする。
「……もう一回して」
なにを、とは、言われなくてもわかった。
「さっきの、びっくりしてよく覚えてないから」
睦月が焦ったように言葉を重ねる。ほとんど動かないはずの表情が、ほんの少し期待を含んでいるように見えた。
その期待に、応えてやりたかった。
男にしては驚くほど華奢な首筋に手を当てた。睦月がかすかに眉を寄せる。小さな耳の下で柔らかな猫っ毛がくしゃくしゃに揺れた。両手を睦月の頬に当てて、ほんの少し顎を持ち上げるようにしてやる。睦月が素直に顔を上げる。なにも隠し事をさせてくれない瞳が、じっと見つめてくる。
友宏が目を閉じて首を傾けた瞬間が、睦月にもわかったと思う。
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