3

54/71
前へ
/274ページ
次へ
 言葉は、あまりにも簡単に響いた。あまりにもあっけなくて、冗談か何かのように聞こえた。  睦月は黙っていた。  沈黙があった。ベッドのシーツを見つめたまま、睦月の顔を見ることができなかった。言葉にしてしまえばこんなにも気恥ずかしい。それでも、嘘はなにひとつなかった。 「ねえ」  睦月がそっと言った。  顔を上げた。すぐ傍で睦月がこちらを見ていた。普段は静かにこちらを眺めるあかるい瞳が、いつもより揺れている気がする。 「……もう一回して」  なにを、とは、言われなくてもわかった。 「さっきの、びっくりしてよく覚えてないから」  睦月が焦ったように言葉を重ねる。ほとんど動かないはずの表情が、ほんの少し期待を含んでいるように見えた。  その期待に、応えてやりたかった。  男にしては驚くほど華奢な首筋に手を当てた。睦月がかすかに眉を寄せる。小さな耳の下で柔らかな猫っ毛がくしゃくしゃに揺れた。両手を睦月の頬に当てて、ほんの少し顎を持ち上げるようにしてやる。睦月が素直に顔を上げる。なにも隠し事をさせてくれない瞳が、じっと見つめてくる。  友宏が目を閉じて首を傾けた瞬間が、睦月にもわかったと思う。     
/274ページ

最初のコメントを投稿しよう!

931人が本棚に入れています
本棚に追加