931人が本棚に入れています
本棚に追加
不意に胸の上の睦月が声を上げて笑った。控えめな笑い方だったが、睦月がはっきりと声に出して笑うだなんて一緒に暮らして初めてだった。心臓が止まるかと思うほどびっくりした。思わず顔を見ると睦月は恥ずかしそうにはにかんで、なにかがほどけたような笑みでこちらを見ていた。あかるい瞳が嬉しそうに細められる。薄い唇は何か話したそうにむずむずして、やっぱりやめた、というように視線がそらされた。透き通るような頬が赤くなっているのは西陽のせいだけではないはずだ。瞬きのたびにあかるい瞳に光が差して潤んで揺れた。水辺の花が開くような、あどけなくみずみずしいその顔が胸に迫って、友宏は思わず緩みそうな口元を手のひらで覆う。
「お前……そんな顔できんの」
かろうじて呟くと、睦月が不思議そうに瞬きをした。
「なんか変な顔してた?」
気が抜けるような声で睦月は言う。
すっかり力が抜けた顔からはもう笑顔は消えていたが、それでもいつもの無表情よりはいくらか柔らかく見えた。そうすると睦月の童顔が際立って見えた。睦月は年齢より幼い顔をしている。頑なな無表情に隠されて、今日まであまり意識したことがなかった。
睦月が声をあげて笑うところを、初めて見た。
半年一緒に暮らしていて、睦月がこんなにも柔らかく笑うことができるなんて知らなかった。
光司も、睦月のこの笑顔を見ていたのだろうか。
睦月の笑みがとても貴重なものに思えた。この笑顔を再び頑なな無表情に戻したくなかった。そんなのあまりにももったいない。許されるなら、傍でずっと大切にしたい。繊細な花がほぐれて柔らかく開くような笑みを、何度でも隣で見たい。
弟に会って来た。そう言ったときの光司の嬉しそうな顔を思い出した。
こんな笑顔を知っていたなんて、ずるい。
睦月みたいな奴にこんな風に微笑まれたら、兄弟でなくても、もうなんでもしてやりたくなってしまう。
「……疲れた」
最初のコメントを投稿しよう!