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 恋人、と言われて真っ先に浮かぶのは光司の顔だ。きっとこれは睦月といてもずっと変わらないだろう。捕まえられて、押し倒されて、気がついたら光司に全てを持ってかれていた。心も体も光司のものだった。あんな奪われ方はもう二度とないと思う。光司と出会ってから友宏の生活は光司に塗り替えられて、心にも体にも存在を鮮烈に刻み付けられてしまった。これはもう一生消えないだろう。光司の不在に友宏は苦しみ続ける。誰の隣に立っていたとしても。  睦月を見下ろした。睦月はぼんやりとして、それでもいつもの無表情より少しだけ顔が赤かった。  きっと、睦月もわからないのだろう。キスをするだけで息ができなくなるような奴だ。真面目な顔でセックスするのかどうか聞いてくるような奴が、こんな複雑さを理解できるはずがない。  自分から言うべきだと思った。  都合が良すぎることはわかっている。なにも知らない人間からすれば、きっと不誠実そのものに見える。しかし、それよりも、感情をごまかして黙っている方が余程不誠実だと思った。光司から逃れることは一生できない。逃れようとも思わない。光司の不在が与え続ける痛みでさえも、ずっと大切にしていたいと思う。そして、睦月を大切に思う心も、本物だ。 「あのさ、睦月」  目を合わせないまま、切り出した。 「俺は、光司が好きだし、これは、ずっと変わんないと思う」  睦月が止まった。 「それでも、お前とずっと暮らしていたいし、お前が大事だよ」  黙ったまま睦月が下を向いた。そちらを見ることができなくて、友宏は台所の窓を見つめる。     
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