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いまは隣に睦月がいる。当たり前に家で待っている睦月の傍に立って、睦月が幸せに思えたらいいと思う。それには少し時間がかかる気がする。何しろ睦月自身が自分のことをまるでわかっていないのだ。
ゆっくりでいいと思う。一緒に暮らしているうちに、色々変わるだろう。
そのまま、二人で黙ってコーヒーを飲んだ。同じ頃合いに飲み終わって、マグカップに水を張ったところで、唐突に思い出した。
「そういえば、社長がお前から連絡来ないってぐずってたけど」
「へ? なんか言われてたっけ」
「スカウトしたって言ってたけど。五月? とかに」
「うん? あ、なんか名刺もらったかも」
睦月は洗剤をつけたスポンジを泡だてながら思い出すような顔をする。そのまま二人ぶんのマグカップを洗い終えてふらっと奥の部屋に消えた。しばらくがさがさ何かを漁る音がして、またふらっと戻ってきた。
「あった。あれスカウトだったんだ。お世辞か何かだと思ってた」
睦月が指先でひらひらさせている社長の名刺には、ボールペンで社長の個人の携帯番号が書いてあった。
「受けてみたら」
何気なく言った。
「なんで?」
睦月が不思議そうに首を傾げる。
「お前、たぶんいきなり別人になれるタイプだろ。たまにそういう俳優とかいるけどさ」
「へ?」
「普通、あんなに簡単に光司になったり元に戻ったりできないんだよ。声とか仕草とか。五回しか会ったことない相手に」
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