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 お前と暮らして、幸せだったよ。お前は家事もしないし生活力もないし、頼りにも全然ならなかったけど、家に帰って顔を見たら安心した。俺が悩んでても疲れててもお前はいつも笑ってて、小さいことなんて全部どうでもよくなった。お前のことずっとバカだと思ってたけど、優しくて懐が広い奴だってのもわかってたよ。舞台が決まったときは自分のことみたいに喜んでくれたよな。わけがわかんないくらい褒めてくれて、応援してくれて、お前が喜んでくれて、嬉しかった。  人に言うほどの特別なことなんて、いま思い出してもなにもないんだ。ただ一緒に暮らして、毎日顔を合わせて、考えたら本当にそれだけだった。それだけだったのに、一緒にいるだけでお前はいつも楽しそうで、嬉しそうで、なんでだかわからないけれど、俺は救われたような気がしてた。育ててくれたじいちゃんが死んで、ばあちゃんも怪我をして、家族と離れて一人で生きていかなきゃならないって思ってたのに、お前がうちに来いって言ってくれて、それだけでなんだか楽になった気がしたんだ。  お前が俺にしてくれたこと、絶対返してやろうと思ってた。優しくしてくれて、大事に愛してくれて、いつでも褒めて勇気づけてくれて、お前がいなきゃ、俺は一人じゃきっと俳優を続けて来られなかった。俳優で生きていくって決めて、通信制高校に転校して、とにかく頑張らなくちゃいけなかったときに、お前は俺を見つけて救ってくれたんだ。たった一年くらいだったけど、あの家で大事にしてもらって、愛してもらって、お前はなんにもしなかったけれど、なんて言ったらいいのか分からないくらい、俺は貰ってばっかりだった。  こんなに早くいなくなるなんて、全然思ってなかった。     
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