プロローグ

5/25
前へ
/274ページ
次へ
 友宏は手を引かれるままについて来た。ホールの扉は開けっぱなしで、菊を敷き詰めた祭壇の真ん中に、嘘のように美しい光司の遺影が飾られている。芸能事務所に所属していたらしい兄は、遺影でさえ活き活きときれいだった。顔写真だけ見れば女のように見える。しかし実際は一八〇センチを超える長身で、手も足も持て余し気味に長かった。小柄な睦月は並ぶと見上げた。見下ろしてくる兄の顔は優しかった。片手で数える程度しか顔を合わせたことはないのに、光司の華やかな姿は睦月の目に強烈に焼き付いている。  遺影を見た友宏が息を呑んだ。 「顔、見る?」  真っ青な顔を見ないように聞いた。きっと見られたくないだろう。友宏は恋人だと言った。恋人を失った直後の顔など、きっと再会したばかりの大して仲良くもなかった同級生には見せたくない。 「いや……」  口元を手で覆って、友宏は口籠もった。視界の端にそれを見て、睦月は少し待った。菊に囲まれた祭壇は生々しい。光司は死んだ。棺の中からはもう二度と起き上がらない。明日には焼かれて灰になって、二度と顔も見られない。  友宏の手を掴んだままであることに気がついた。なんとなく離すのも躊躇われて、友宏が落ち着くまでそのまま握っていた。手は震えて冷たかった。睦月の手も温かくはないはずだった。それでも、離されるよりはましなのかもしれない。三年ぶりに会った同級生の手にさえ縋るほど、恋人の死というのは重いのだろう。 「歩ける?」 「……うん、ごめん」 「いいよ。……こっち」     
/274ページ

最初のコメントを投稿しよう!

933人が本棚に入れています
本棚に追加