プロローグ

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 そのまま手を引いてホールに入り、祭壇の前に立った。棺は顔のあたりの扉だけ開けられていて、目を伏せた光司の白い顔が見える。苦しんだ様子もなく、顔にも体にも傷はなかった。菊の花の中に埋もれて眠っているだけのようにすら見えた。鼻に綿の球を詰められて、やめろよ苦しいだろ、なんて言って今にも起き上がりそうだ。 「……寝てるみてえ」  友宏が、独り言のように呟いた。 「……外傷はほとんどなかったから」  友宏に答えながらも、睦月は光司の頭の後ろがへこんでいることを知っていた。致命的な損傷を受けた脳が光司の心臓を止めてしまった瞬間も、睦月は見ていた。  駅のホームから転落した瞬間は家族の誰も見ていない。飛び出した子供を助けようとして自分が落ちたのだと人づてに聞いた。非常停止ボタンが押されたので電車に轢かれることはなかったが、それでも硬いレールに後頭部を打ち付けて、脳がやられてしまっていた。睦月と母親が病院に駆けつけた時には既に光司は酸素マスクとたくさんのコードにつながれていて、先に駆けつけていた父と共に見守る中で、意識はついに戻らなかった。母は十八年ぶりに再会したばかりの長男を喪い、睦月は出会ったばかりの血の繋がった兄を喪った。  遠くに母のすすり泣きが聴こえていた。隣の友宏はただ黙っていた。繋いだ手を、いまは離してはいけない気がした。 「……光司とつきあってたの」     
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