プロローグ

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 聞くと、友宏はただ頷いた。横目で顔を見ると、真顔の頬を涙が冗談のように際限なく流れていた。繋いでいない方の手でポケットを探ってハンカチを渡すと、友宏は驚いたような顔をして、初めて自分が泣いていることに気づいたようだった。 「……ごめん」 「いいよ」  顔を見ないようにして呟いたのをきっかけに、隣から押し殺した嗚咽が聴こえはじめた。手を固く握られていた。睦月はしばらくそれを無言で聞いていた。  嫌に抑えた優しい声の館内放送が、光司の通夜が始まるからさっさと座れ、と告げた。  通夜は、司会の女の人曰く「しめやかに」執り行われた。眠たくなるようなお経を聞き流し、席に回ってくる焼香を見よう見まねで済ませ、数珠を握ったり目を閉じてみたりしていた。誰がいつの間に編集したのか「速風光司さんの生前のお姿」なるイメージビデオのようなものが流され、睦月が知らない光司がスクリーンの中で笑ったりしていた。その間、ずっと片手は友宏の手を握っていた。いつまでも友宏の手は温かくならず、むしろ芯から凍えるほど冷たかった。抑えた嗚咽はいつの間にか消え、ただ時折、睦月が貸したハンカチで頬の涙を押さえていた。逆隣からは母の嗚咽がずっと聴こえ、父がなだめる様子が視界の端に見えていた。     
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