プロローグ

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 母が咽び泣いているであろう親族控室に友宏を連れて行くのも気が引けて、とりあえずロビーの椅子に座って次に何か促されるのを待った。喪服の群れの中で自分だけが高校のブレザーを着ているのが居心地悪く、隣の友宏が当たり前に黒い喪服にネクタイを身につけているのを今更不思議に感じた。  久々に再会したとはいえ、睦月には友宏と話すことがなかった。中学時代のクラスメイトとはいえ別段仲が良かったわけでも悪かったわけでもない。文字通りただのクラスメイトで、友宏がどんな奴だったかも正直まるで覚えていなかった。名前を思い出せたのは奇跡に近い。  友宏にもまた、話すことはないように思えた。隣に座っているのはきっと恋人を喪った心細さからでしかない。その心細さなんて睦月にはわからないが、それでも座るくらいでなんとかなるならいてやろうと思った。弟とはいえ光司とろくに面識がない自分より、友宏のほうがきっと辛い。空っぽの喪失感のなかで、睦月の心は平坦だ。  母のように泣くことも、父のように憔悴することもできなくて、睦月は黙ってぼんやりとしていた。兄の死が自分にどう影響しているかなんてわからなかった。漠然とした喪失感のなかで、隣に座った友宏が少しずつ落ち着いていくのを待っていた。正しくは、落ち着いたふりを取り戻すのを。     
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