0人が本棚に入れています
本棚に追加
本編
しとしとと雨が降る。
町はもう夜の闇に覆われ、明かりなど、道を照らす電灯ぐらいしか光っていない。
普通の人ならもう寝静まっているころだろう。辺りの家の光でさえ、漏れてはいなかった。
その街中で一人の青年が、歩いている。もちろん、傘をさして。彼のポケットの中には、財布が収まっているだけで、特に持ち物らしい持ち物は見当たらない。特に遠出をする……、そのような出で立ちではなかった。
暗い空から降る水玉は、青年の傘を踊るようにしてはねている。ぱらぱらと。だが、そんなことには感慨も浮かばず歩んでいく。視線は、ぼんやりと。
とたん、彼の足はとまる。目の前には、自動販売機。昼間なら、あまり気にされることはないだろう。だが、暗闇、それも深い夜だからこそ、それ自身から放たれる光がひと際存在感を放っていた。
遠くに救急車のサイレンがかすかに聞こえる。
青年は、財布を取り出し、硬貨を入れ、ボタンを押す。ガコンと音が鳴り、物を取り出す。慣れた動作だ。青年はそのまま、プルタブを引っ張る。
「……どうも、この引っ張るタイプなのは慣れないな」
最初のコメントを投稿しよう!