本編

1/13
前へ
/13ページ
次へ

本編

 しとしとと雨が降る。  町はもう夜の闇に覆われ、明かりなど、道を照らす電灯ぐらいしか光っていない。  普通の人ならもう寝静まっているころだろう。辺りの家の光でさえ、漏れてはいなかった。  その街中で一人の青年が、歩いている。もちろん、傘をさして。彼のポケットの中には、財布が収まっているだけで、特に持ち物らしい持ち物は見当たらない。特に遠出をする……、そのような出で立ちではなかった。  暗い空から降る水玉は、青年の傘を踊るようにしてはねている。ぱらぱらと。だが、そんなことには感慨も浮かばず歩んでいく。視線は、ぼんやりと。  とたん、彼の足はとまる。目の前には、自動販売機。昼間なら、あまり気にされることはないだろう。だが、暗闇、それも深い夜だからこそ、それ自身から放たれる光がひと際存在感を放っていた。  遠くに救急車のサイレンがかすかに聞こえる。  青年は、財布を取り出し、硬貨を入れ、ボタンを押す。ガコンと音が鳴り、物を取り出す。慣れた動作だ。青年はそのまま、プルタブを引っ張る。   「……どうも、この引っ張るタイプなのは慣れないな」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加