雨音に耳を澄ませば悲鳴が聞こえる

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「ねぇ、水たまりの主って知ってる?」 「水たまり? 主?」  エリが首をかしげる。 「水たまりの主。ミンスタで見たんだけど、こんな雨の日の夕方、今みたいな時にさあ、傘もささずに歩いてると濡れるじゃん?」 「そりゃ、濡れるね」 「傘をささずに全身ずぶ濡れ。下着までびちょびちょ。そんな状態で水たまりを踏むと……」  リカはもったいつけて間を空ける。 「踏むと?」 「水たまりの主に見つかる」 「見つかるとどうなるの?」 「水たまりの主は見るんだって。だから、水たまりから何かの気配を感じる。水たまりの中に何かがいる。そんな気になってくる」  エリが足下の水たまりを見た。 「気配がするだけ?」  リカは首を振る。 「水たまりの主は待ってる。獲物がもう一度、水たまりの上を通るのを」 「通るとどうなるの?」 「水たまりの中に吸い込まれちゃうんだって」 「吸い込まれるほど深くないじゃん」  もっともなツッコミだ、とリカは思った。 「水たまりの主は、水たまりを底なしに変えて、その底からやって来るらしいよ」 「なにそれ。なんなの、その水たまりの主って」 「さあ、分かんない。ミンスタで見ただけだし」 「そんなのがあるなら、みんな死んじゃうでしょ」  リカはうなずいた。 「そうだね。だけど、この話を知らない人は、水たまりの主には襲われない。知ってる人の前にだけ、水たまりの主は現れる」  返答はない。無言で歩く。  リカは隣を横目で見た。エリは前を見ている。なにを考えているのか分からない。怖がっているのだろうか。それとも馬鹿馬鹿しくて返す言葉もないのだろうか。リカがそんなことを考えていると、エリと目が合った。不信感の入り交じった目をしている。 「ひょっとして、これから私が濡れて帰るから、そんな話したの?」 「ぴんぽーん。正解」  リカはわざとバカっぽく言った。嫌がらせとして話したが、雰囲気が悪くならないようにしないといけない。 「うわっ、性格わるっ」  ちょうどその時、エリと別れる地点にたどり着いた。リカは足を止める。早く傘から出て行って欲しいと思ったが、表には出さずにっこりと笑って、別れのあいさつを口にした。 「じゃあね。水たまりの主に気をつけてね」 「ばーかばーか」  捨て台詞を残し、エリは傘から出て走った。濡れることを覚悟しているからなのか、やる気のないマラソンみたいな速度だった。
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