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高校に入学してから数十回、美術の授業は受けているが、美術準備室には立ち入ってない。 手伝いに行った美術部員のうち二人がイーゼルを、残りの二人が布がかかったキャンバスを手に戻ってくる。 丁重に扱うのが制作者への礼儀か、あるいは無惨な姿となり果てた作品へのせめてもの慈悲か。 「感謝します」 中心へと戻った男子生徒の腰を深々と折った礼に、気恥ずかしさからか手伝った美術部員が素早く着席する。 イーゼルに乗せられた、布を被せられたキャンバス。布が被せられていても、その下に現物があるからか軽率さが消え、厳粛が漂う。 経験の少ない空気感に、生唾を飲み込む。 「車座という性質上、作品を目にできない方もいますが、そこはご容赦下さい」 キャンバスの正面は美術室の出入り口側に向けられている。作者である望月遊莉さんに配慮しての向きだろうが、出入り口側の近くにいる僕には、その全容が否応なしに目に飛び込んでくる配置だ。 「こちらが、望月遊莉さんが六月末に締め切りとなる、高校生を対象とした油彩画のコンテストに出品するために精魂込めて描画されていた作品です。作品、と僕は制作者の誠意を汲んで表しますが、実際は悪意ある人物の手により、そうは呼べない状態へと塗り替えられてしまいました」 「塗り替える。言い得て妙だな」 「三上」くん、と先輩の敬称で、非難する声が方々から上がった。中心の男子生徒も冷ややかな目だ。 「二度目です。口が軽いことも、お調子者な性格も、否定するわけではありませんが、時と場合を考慮していただきたい」 悪い、と項垂れてはいるが、事の重大さを理解していなければ、三上先輩はまた繰り返すだろうな、と僕ですら思えた。 「お願いしますよ」と釘を差した。左隣の男子生徒は、場の空気に飲まれたのか今度は冷やかさない。
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