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図書室の利用者情報は個人情報の域だ。なのに赤崎先輩は平然と、流暢に語っていく。訊かれることを想定していたかのようだ。
アーサー・コナン・ドイル著、『緋色の研究』は、四月十三日金曜日、貸し出し主は一年C組小嶋彰良。
アガサ・クリスティ著、『そして誰もいなくなった』は、前年度の二月十九日月曜日、当時三年生だった香山則子。
アーサー・コナン・ドイル著、『四つの署名』は、六月十五日金曜日、二年A組白石亮太郎。
なんの参考にもならないと前置きされたうえ、貸し出し主は僕は無関係だと思っているので、顔を突き合わせる先輩二人から視線を外していた。
正面の窓を見るともなしに見ていた。
だからこそ、その異変に気付いた。
最初、それがなんなのか分からなかった。目の錯覚か、あるいは靄かと重要視しなかった。左端の窓の奥に漂う、微かな白い気体。
空へと立ち上っているそれの正体に思い当たった時、僕は思わず勢いよく床を蹴っていた。
ハル。榛名くん。
訝しむ二人の声に応える余裕がなく、僕は左端の窓を開け放つ。漂う気体が目に痛いが、構わず半身を外に出した。
「きやっ!」
「ハル!なにしてんねん」
「……火だ」
「なんやと」
飛び降りると勘違いし、掴んでいた僕の体から、波多野くんは窓枠に手をかける。下を覗き込む。
A校舎裏。二日前、僕が波多野くんから美術室の犯行を告白されたその辺りが、赤く燃えている。
煙を立ち上らせて、存在を主張している。
「おい、またかいな」
波多野くんが駆け出した。すかさず僕も続く。
小学校時代からの常識など頭から消し飛んでいて、階段を二段飛ばしで駆け下りた。
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