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「もし俺が芳田のパレットを盗んで落書きしたんやとすれば、俺は芳田の行動に注意を払うんちゃうか」 「何食わぬ顔して日々を過ごすのも犯罪者だ」 「そうやなくて。次の日休んでるん知ったら、美術準備室にパレット直しに行けるやん」 「……」 「いや、次の日やなくても、片瀬や芳田は俺が望月の絵にも落書きしたんやと思てんのやろ。みんなが食堂行ってる間に。せやったらその時美術準備室に入れたんやから、パレット直すやろ」 僕が美術室を訪れた時、美術室にはなにもなかった。美術部が使用する美術室の風景ではなく、授業で使用する美術室だった。 久保部長と鉢合わせし、逃げるように退室したあとの美術室には、美術部員が集う。 だが美術部員は皆、食堂の絵画の落書きを知り、美術作品を汚された、あるいは野次馬として、食堂に足を運ぶ。 白石先輩の推理だと、美術室が無人になったのは三時四十分から五、六分。 美術部員が美術室に戻って来た時に準備室から出した覚えのないキャンバスが出ていれば、水曜日誰かが指摘したはずだ。 望月先輩は美術室に向かう途中で、食堂の絵画の落書きを知り、足を食堂に向けたらしい。 望月先輩のキャンバスは、美術準備室のなかだ。 美術室に出ていないキャンバスをわざわざ美術準備室から引っ張り出して、美術室で落書きをする必要がない。部員がいつ戻ってくるか分からないのだ。 余計な手間は省き、落書きだけに集中すれば、時間は短縮される。美術準備室に作品があれば、美術準備室で落書きを行えばいい。 落書きは美術準備室で行われた。だとしたら、盗んだパレットを元あった場所に置ける時間はある。 「いや、待て」 探偵的立場の男子生徒──片瀬先輩の声にはどこか動揺があった。
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