第1章

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 ひぐっちゃんはにやにやした。  「けど、あいつのいってることは事実だよな。俺、九月から、何度お前の忘れ物、学校に届けに行ったことか。そのたびに不審者みたいな目で見られて、かなり傷ついた」  「不審者に見られるのはひぐっちゃんの外見のせいで、あたしのせいではありません」  「ひどい。なんで俺に矛先が向く?」  わざとらしく、よろよろ後ずさりした。  もうずいぶん大人なのに、金髪に染めた長髪に無精ひげ、顔には無数の傷あと。外に出るときは夏でも小汚いコートをはおっている。  その上、目つきがおそろしく悪い。  サングラスをしてる方が愛想よく見えるくらいだ。  「全国PTAが選ぶ、小学校に近づいてほしくないタイプ」ぶっちぎりのナンバー1だと思う。  あたしは攻撃を続けた。  「あたし、男の髪長いのきらい。男はスポーツ刈りが一番似合うと思う」  ひぐっちゃんはすました顔で対抗した。  「そりゃ個人の好みの問題ですからねえ。俺だって女のショートカットはあんまり好きじゃない。やっぱ、さらさらストレートの長い髪がいいなあ」  「なんか、いった?」  あたしはつやつやショートカットの頭をふりあげた。  「……いいえ、建設的な意見はなにも」  両手をあげて、わかりやすくこうさんのポーズをした。  あたしはふんと、鼻で息をついた。  「でもちょーっと遅刻したぐらいで、あのいいかたはないよ。あいつ、いいことひとっつもいわないんだもん。なわとびの三重飛び最初にできたの、あたしだよ! クラス野球で優勝したのも、四番でピッチャーのあたしのおかげでしょうが。なんで、そういう華々しいところから、わざと目をそむけるのよ」  「こないだ、男子三人にケガさせたじゃねえか」  「あれは、ぶーちんどもが弱い子をいじめてたから……あたしは降りかかった火の粉を払っただけだ!」  ひぐっちゃんはこぶしで笑いをおさえた。  「あなたは、往年の任侠映画ですか。まあまあ、そりの合わない野郎ってのは、どこの世界にでもいるもんだ。それをあらかじめ教えてくれるのが、学校のありがたいところだ。頭を冷しな。勝ち目のない勝負はしないほうがいい。まあああいうふうに人のあら捜しをする手合いは、自分こそが悲惨な家庭環境のど真ん中にいるに違いないんだから、かわいそうな奴なんだよ」  ところで、少し前からあたしは態度をすっかり改めていた。
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