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今年もまた押し詰まった。
夕方の商店街の空には、おさだまりのクリスマスソングと惣菜の匂いが流れる。
俺の両の手はコートのポケットの中だ。
真っ直ぐ前を向き、ごった返す買い物客を華麗にすり抜ける。
知らず知らずのうちに口元がゆるんだ。
「さあて、どうしてくれよう」
気配は、目の前にあるぐらい明瞭に感じる。なぜなら、
「こいつはみずきよりも尾行が下手だ」
からだ。
懐で携帯が震えた。
最寄りの路地へ這いこみ、電話を耳にあてる。
「おう、今おまえの噂をしてたとこだ」
― うわさ? だれかといっしょ?
みずきの声はとまどった。
「俺一人で噂してた」
子どもらしい高い笑い声が耳に響く。
― なんか、まちがってるよ、ひぐっちゃん、どことははっきりいえないけど、かなりまちがってる。
俺も笑い、電話を右から左へと持ち替える。
そのすきに視線を表へ投げた。
何度も行ったり来たり、たまにこちらをまともにのぞきこんだりする。
「で、何の用」
― ちょうどよかった。今、商店街まで帰って来てるでしょ。
「わかるか」
― あたぼうよ。
すぐ横で、八百屋のおっさんが声を枯らしている。どこからか福引の鐘の音が響く。
「で、何を買って来たらいいのかな、お姫さん」
― さっすが探偵さん、察しがいいじゃないの。
こいつ、どうもこのごろ生意気だな。
― シャロンでケーキ買って来て。シャロンじゃなきゃダメだからね。五つ。モンブランとチョコレートとプリンアラモードと梅ゼリーとショートケーキ。
指折り数えながら、うなった。
「んあ……わかったわかった、了解」
生意気な女子小学生に容赦はない。
― 注文をふくしょうしなさい。
「梅ジャムとプリンとアップルパイ……」
― …………。
沈黙の長さが深い怒りを感じさせた。
「今、ちょっととりこんでるんだ、まあ、任せろ」
通話を切って、懐に突っ込んだ。
そのまま俺は路地の奥へ走り、通りの反対側に出て二、三度曲がった。
視界が白い天幕でいっぱいになる。
マンションの建設現場だ。
工事はしばらく前から中断している。
ぐるりを、白い天幕が囲んでいるのだが、その一部がずれ内部がのぞける。
建築資材が積まれ、赤土とコンクリートの基礎が見えた。
商店街の喧騒もここには届かない。まわりに人の気配はない。
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