第1章

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■   今年もまた押し詰まった。  夕方の商店街の空には、おさだまりのクリスマスソングと惣菜の匂いが流れる。  俺の両の手はコートのポケットの中だ。  真っ直ぐ前を向き、ごった返す買い物客を華麗にすり抜ける。  知らず知らずのうちに口元がゆるんだ。  「さあて、どうしてくれよう」  気配は、目の前にあるぐらい明瞭に感じる。なぜなら、  「こいつはみずきよりも尾行が下手だ」  からだ。  懐で携帯が震えた。  最寄りの路地へ這いこみ、電話を耳にあてる。  「おう、今おまえの噂をしてたとこだ」 ― うわさ? だれかといっしょ?  みずきの声はとまどった。  「俺一人で噂してた」  子どもらしい高い笑い声が耳に響く。 ― なんか、まちがってるよ、ひぐっちゃん、どことははっきりいえないけど、かなりまちがってる。  俺も笑い、電話を右から左へと持ち替える。  そのすきに視線を表へ投げた。  何度も行ったり来たり、たまにこちらをまともにのぞきこんだりする。  「で、何の用」 ― ちょうどよかった。今、商店街まで帰って来てるでしょ。  「わかるか」 ― あたぼうよ。  すぐ横で、八百屋のおっさんが声を枯らしている。どこからか福引の鐘の音が響く。  「で、何を買って来たらいいのかな、お姫さん」 ― さっすが探偵さん、察しがいいじゃないの。  こいつ、どうもこのごろ生意気だな。 ― シャロンでケーキ買って来て。シャロンじゃなきゃダメだからね。五つ。モンブランとチョコレートとプリンアラモードと梅ゼリーとショートケーキ。  指折り数えながら、うなった。  「んあ……わかったわかった、了解」  生意気な女子小学生に容赦はない。 ― 注文をふくしょうしなさい。  「梅ジャムとプリンとアップルパイ……」 ― …………。  沈黙の長さが深い怒りを感じさせた。  「今、ちょっととりこんでるんだ、まあ、任せろ」  通話を切って、懐に突っ込んだ。  そのまま俺は路地の奥へ走り、通りの反対側に出て二、三度曲がった。  視界が白い天幕でいっぱいになる。  マンションの建設現場だ。  工事はしばらく前から中断している。  ぐるりを、白い天幕が囲んでいるのだが、その一部がずれ内部がのぞける。  建築資材が積まれ、赤土とコンクリートの基礎が見えた。  商店街の喧騒もここには届かない。まわりに人の気配はない。
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