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夜空の彼女
眼前の夜空は、彼女そのものであった。
ベランダに出て眺める、少しばかりの月の明かりとうっすらと流れ行く雲、そうして完全な黒とは言えない空の色。星は一切出ていなかった。
それは確かに存在していたのだが、「虚」とその空を表現してしまえば、僕にとって闇夜の空は「虚」以外の何物でもなくなってしまった。
「それでねそれでね、明日友達と冬服買いに行くんだ」
右耳に添えた携帯電話からは彼女の声だけが聞こえてくる。
生命などないはずの「虚」にしかし、彼女の声が「存在」を与えてくれる。たった今、空は僕にとって「彼女」の存在と同等なものになった。
不思議なものである。そこに現象的に存在していて、それを僕は「空虚」と言ってその景色を「無意味」なものにしたのに、僕以外の「他者」が、そこに「意味」を持たせてしまった。だから今、空は「彼女」そのものと言っても過言ではなかった。
それを彼女に言ったところで、理解はしてくれないのだろうが。
「へーよかったじゃん」
それくらいしか返事をすることがなかった。ちなみに彼女は南半球のとある国に住んでいた。季節は日本とは対象的に冬であった。
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