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廊下に出ると、そこには教室と同じく湿度の高い空気が充満していて、梅雨時の雨雲を肺の中に取り込んでいるかのようでちょっと鬱だった。夏に近づいているはずなのに、制服の長袖シャツ1枚では肌寒さを覚える。俺はシャツのボタンを優等生みたいにきっちり留めた。
「中川、待って」
後ろから飛んできた女子の声に、俺は反射的にストップした。フワッとしたボブ、やや小柄。振り返った先の姿を確認して、頭上に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。
「……岸?」
「正解。正常なメモリーを持ってるみたいでよかったよ」
ブレザー姿のクラスメイトが控え目に口元を緩めてみせるのを、俺は思考停止して見守った。岸とはまともに会話したことがないが、少なくともこんな発言をするタイプではなかったはずだ。
「それより中川。井山が弥生の後を追ったというのは本当?」
俺の脳が活動を再開する。今の落ち着いた声のトーンは、いつもの教室での目立たない彼女に近いものがあった。
「そうだと思うけど?」
「やはり……悪いことは言わない。でも井山のところへ行くのはやめた方が身のためだよ」
「は? 何で?」
「今日が雨だから」
は? と俺は繰り返した。岸は小動物のような目を窓に向け、十分に間をとってからやっと返事をよこした。
「雨の日の水野弥生は人類の脅威だから。関われば中川もその禍々しいオーラの餌食になる」
「禍々しい? ごめん、ちょっと何言ってるか分かんないや」
怪しい宗教の餌食になりそうな雰囲気だったので、俺はさっさとその場から立ち去った。
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