雨の日にご用心

2/11
前へ
/11ページ
次へ
 廊下に出ると、そこには教室と同じく湿度の高い空気が充満していて、梅雨時の雨雲を肺の中に取り込んでいるかのようでちょっと(うつ)だった。夏に近づいているはずなのに、制服の長袖シャツ1枚では肌寒さを覚える。俺はシャツのボタンを優等生みたいにきっちり留めた。 「中川、待って」  後ろから飛んできた女子の声に、俺は反射的にストップした。フワッとしたボブ、やや小柄。振り返った先の姿を確認して、頭上に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。 「……(きし)?」 「正解。正常なメモリーを持ってるみたいでよかったよ」  ブレザー姿のクラスメイトが控え目に口元を緩めてみせるのを、俺は思考停止して見守った。岸とはまともに会話したことがないが、少なくともこんな発言をするタイプではなかったはずだ。 「それより中川。井山が弥生(やよい)の後を追ったというのは本当?」  俺の脳が活動を再開する。今の落ち着いた声のトーンは、いつもの教室での目立たない彼女に近いものがあった。 「そうだと思うけど?」 「やはり……悪いことは言わない。でも井山のところへ行くのはやめた方が身のためだよ」 「は? 何で?」 「今日が雨だから」  は? と俺は繰り返した。岸は小動物のような目を窓に向け、十分に間をとってからやっと返事をよこした。 「雨の日の水野弥生は人類の脅威だから。関われば中川もその禍々(まがまが)しいオーラの餌食(えじき)になる」 「禍々しい? ごめん、ちょっと何言ってるか分かんないや」  怪しい宗教の餌食になりそうな雰囲気だったので、俺はさっさとその場から立ち去った。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加