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鰻を食べるのは久しぶりだった。別にケチっているわけではない。鰻を食べるほどの、特別な出来事がなかっただけだ。それほど、おれの私生活は枯れている、ということか。
だが、鰻はやはりうまい。
「おいしいですね。それにここのは、米もおいしい」
「工藤さん、わかります?いや、嬉しいな、わかってくれる人がいて」
何気なく坂本の食べる様子を見ていた。
坂本は、箸の持ち方や食べ方が綺麗だった。
気がつくと、坂本がこちらを見ていた。
先に目をそらしたのは、坂本の方だった。
取り立てて気にする風でもなかった。
「ひょっとして原さん、今夜病院の方に行かれるんですか?」
おれは尋ねた。
「うん、行こうと思ってる。妹さんに、お姉さんの倒れたときの状況とか、そういうの話してあげたいからね。もちろん、看護師さんとかから話してもらってもいいんだけど、」
そこで原さんは、少し言い淀んだ。
「なんていうか、昨日、生まれたばかりの赤ちゃん、見ちゃったんだよ。新生児室のガラス張りの向こうで泣いてるの。あれはさ、ダメだね。歳なんだか、感傷なんだか、こっちが泣けてきちゃってさ」
原さんは、お茶を飲んで続けた。
「この感情は、説明の仕様がないよ。とにかくお節介でも偽善でも、したいようにしようと思ったんだ」
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