Chapter 1

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おれはようやく、赤ちゃんから目を離した。 一方坂本さんは、ガラスに額をくっつけて見入ったままだった。 何かしら、自分の世界に入り込んでいるようだった。ガラスが無ければ、そのまま抱き上げて頬ずりまでしそうな雰囲気だ。 隣の赤ちゃんが目を覚まして泣き始めた。山口沙織の赤ちゃんも、もぞもぞと動き出した。そしてしまいには、本格的に泣き始めた。 おそらくガラスの向こうは、新生児二人の泣き声の大合唱だろう。こちら側には微かにしか、聴こえてこない。 「泣いてる」 坂本さんがつぶやいた。 ー坂本さん、結婚してるんですか? と口にしてしまうところだった。 なんだか坂本さんが赤ちゃんを見つめる様子は、妊活中の夫婦を連想させる。それも、しっくり来るのは奥さんのほうだ。 坂本さんは、敢えて言うなら、物欲しそうに見えた。
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