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「まだ、いないよ。でも、できるかもしれない。だけど、私はできてほしいと思っちゃったの。だって、もう祐ちゃんには会えなくなると思いこんでいたし、そのあとの寂しさに耐えられそうになかったし、祐ちゃんとの子どもがほしくなったから。だから、ほんと、ごめんなさい……」
俺は驚いてしまった。
佳奈は腰を浮かせた中途半端な姿勢のまま、俺を見あげていた。
そんな佳奈を見て俺は噴き出してしまった。
まずは佳奈を抱きしめて、つらそうな姿勢から楽にしてあげた。
笑い続けている俺の顔を見つめる佳奈には、困惑と安堵が入り混ざったような複雑な表情が浮かんでいた。
これまでの佳奈のことを思い浮かべていた。
佳奈はこんなやつだったと思い、なんだか楽しくなってきた。
佳奈は人一倍思いこみの激しいところがあった。
勝手に勘違いして悩んで考え抜いて行動し、それで周りを驚かせてしまうことがこれまでにも確かにあったのだ。
小学五年生のころのことだ。
俺の祖母が亡くなり、通夜や葬儀のために二日間、小学校を休んだことがある。
先生が「忌引のためにしばらく休み」とクラスで伝えたところ、佳奈は「忌引」がわからなかった。
俺だってそうだ。
小学生にわかるわけがない。
あとで聞いたところによると、佳奈の家でも両親がその話をしていて、佳奈は片言ながら聞いてしまったのがいけなかった。
佳奈が聞き取ったのは、亡くなった、悲しい、俺の母にはとてもつらい、という会話の断片だったらしい。
そこから佳奈は妄想に妄想を重ねてしまった。
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