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持ってきたそばがどれだけ評判のものなのかとか、いまが新そばの季節なんだとか、今日中に食べないとおいしくなくなっちゃうとか、すぐに食べてくれそうな人は俺以外に思いつかなかったとか、そばだけだと足りないと思って駅前の店でかき揚げを買ってきたとか、料理の準備をしながら楽しそうなおしゃべりが続いた。
小さなキッチンにふたりで立ってそばを茹でているのは、まるで新婚のようだった。
そんな勘違いに俺はひとりで心をおどらせていた。
もちろん佳奈とはつきあってすらいないのだが……。
そばはとてもおいしかった。
正直にいえば、そばの違いなんてよくわからない。
でも、佳奈がこうして持ってきてくれて、佳奈が作って一緒に食べてくれれば、なんだっておいしいと思う。
なにを食べるかよりも、誰と食べるかのほうが心に残るものだ。
俺が用意しておいた冷酒に、佳奈は驚き喜んでくれた。
もともと酒には強いほうの佳奈は、いつもよりいいペースで飲んでいた。
昔の楽しい思い出話をしていたものだから、俺まで調子に乗って飲みすぎてしまった。
一週間の仕事の疲れと飲み慣れない日本酒のせいで、俺はいつのまにか眠りこんでしまったのだろう。
外の喧騒はもう聞こえなくなっていた。
もう夜遅いのかもしれない。
佳奈はもしかしてここに泊まっていくつもりなのだろうか?
そんなことはこれまでにないが、そんな勝手な期待がふくらむ。
もし泊っていくとしても、俺はきっとなにもできないけれど……。
佳奈を見下ろすと、口を小さく開けた無邪気な顔が俺の胸でつぶされている。
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