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ちゃんちゃらおかしいのだ、梅雨がある日本で「ジューンブライド」なんて。
英国風ホテルのエントランスでは薔薇グッズのフェアをやっていて、私はそれをぼんやりと眺めていた。
一階のレストランがランチからティータイムに切り替わる頃。
車出しを待つ人たちでごった返す中を、ドアマンと運転手とコンシェルジュが、せわしなく鍵のやり取りをしている。
出口付近はムッとする湿気で、露出している顔と手先がべたついているのが触らなくてもわかる。
真夏日だったら薄物を着ようと思っていたのに。気温だけで振袖を選んでしまった。大失敗。
生まれてずっとこの国に住んでいながら、梅雨の湿度をすっかり失念していた。
そもそも外は朝から豪雨だ。天気予報で数日前からわかっていたのに、草履カバーも雨コートも用意していなかった。
どれだけ今日という日に乗り気じゃなかったかわかる。
どうせ、今日も雨だと思っていた。
初めて中学で会った日も、運動会も遠足も修学旅行も、二人で行った道後温泉も、全部、雨だった。私は、自他共に認める雨女だ。
だから、今日も雨。
「……いい気味」
スタッフに手を引かれながら、和装の花婿と花嫁がエントランスを横切っていく。
白無垢の頭が重そうだった。
私はずっと顔を伏せて、薔薇模様のコースターを見ていた。
彼女が通り過ぎたとき、そこでやっと、気づいた。
私みたいな脇役が一人雨女だからって、今日という門出の日が豪雨になるわけない。
つまり、雨女は、彼女のほうだったのだと。
今日まで気づかなかった。私たちはずっと、ずっと一緒だったから。思い出の中では。
白無垢の背中が、豪雨に向かって遠ざかっていく。
いい年して振袖着て見つめることしかできなかった私と、白無垢の裾がびしょびしょになっていく彼女。
今日はどっちのほうが惨めだったかな。
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