0人が本棚に入れています
本棚に追加
「とうさん、雨だよ。雨が、母さんの匂いだ」
ずいぶん前の雨の日、
妻は雨に打たれ、雨に溶けて、雨に流れ、雨に消えてしまった。
妻はめっぽう雨に弱かったのだ。
その日、息子と妻は派手な喧嘩した。
思春期の息子と妻は、仲がよいけれど、時々喧嘩もしたのだ。その日は、かなり激しく衝突し、勢いで息子が家を飛び出してしまった。
妻は息子の後を追いかけた。
そこに、突然のゲリラ豪雨が。
妻は、雨に溶けて、流れ、消えてしまったのだ。
水は循環する。
雨は地面にしみこみ、やがて流れを作り海に注ぎ、海で蒸発して、雲となり、また雨として降ってくる。
雨に日に、雨を恐れる妻に出会った。
雨に当たらぬように気をつけていたのに。
息子のまわりには、ずいぶん優しい雨が降り注いでいた。
最初のコメントを投稿しよう!