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「とうさん、雨だよ。雨が、母さんの匂いだ」 ずいぶん前の雨の日、 妻は雨に打たれ、雨に溶けて、雨に流れ、雨に消えてしまった。 妻はめっぽう雨に弱かったのだ。 その日、息子と妻は派手な喧嘩した。 思春期の息子と妻は、仲がよいけれど、時々喧嘩もしたのだ。その日は、かなり激しく衝突し、勢いで息子が家を飛び出してしまった。 妻は息子の後を追いかけた。 そこに、突然のゲリラ豪雨が。 妻は、雨に溶けて、流れ、消えてしまったのだ。 水は循環する。 雨は地面にしみこみ、やがて流れを作り海に注ぎ、海で蒸発して、雲となり、また雨として降ってくる。 雨に日に、雨を恐れる妻に出会った。 雨に当たらぬように気をつけていたのに。 息子のまわりには、ずいぶん優しい雨が降り注いでいた。
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