特別で普通の冬の日に

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浦見ヶ崎高校は、ほとんど山と言ってもいいほどの坂の中腹に建てられた高校で、見晴らしはとてもいいのだけど、登るのがとてもツラい。今日もこうして息を切らしながらーーなんで朝から余計な体力を使わなきゃならんのだ。 「あーきっつい。きっついっすよ、もう」 もうとっくに雪が降り積もり、一面木々も眠る銀色の世界だというのに、今の私の体は季節に取り残されたかのごとくに火を噴くように熱かった。 「よっ、舞!」 そんな汗ばんだ私の肩を後ろから叩き、爽やかなあいさつすら送ってくるやつは、もう見なくてもわかる。森藤翔だ。 「相変わらず苦戦してんなー。やっぱ部活やめて体重増えたんじゃねーの?」 「なんだって!?」 デリカシーのかけらもない失礼発言に右ストレートをお見舞いしようとするものの、案の定その拳はやつの手のひらの中に納められてしまった。手袋をはめていない真白の手は冷たかった。 翔はふっとまるでイケメンのように口元を緩めた。力強い黒い瞳が私をからかうように見ている。その少し染めたダークブラウンの髪の毛は、季節に合わせたかのように装いを変えーーって。 「え? 髪色変えた?」 私の熱い握り拳から手を離すと、翔は跳ねた毛先をくるくるといじる。 「おっ、さすが舞だな。お前が一番に気づいたよ。やっぱほら、もうすぐ卒業だしちょっと雰囲気変えようかなって。どう?」 「どうって」 カッコいい、という言葉が思わず出そうになって宙に置かれたままの拳を振り抜く。 「おぐ!」 それがまさかのクリーンヒットで、爽やかイケメンは目の前でしばし悶絶した。 「あっ、ごめん」 「あっ、ごめん、じゃねぇーよ! いきなりなんだ!」 こうなってしまえばもう売り言葉に買い言葉なわけで。 「いや、元はと言えばあんたが太ったとかデブとか失礼なこと言うから!」 「そこまで言ってねーだろ!」 「言ったも同然でしょ! 女の子はね、そういうのに敏感なの!!」 「女の子がいきなりグーで殴ってこねぇーよ!」 客観的にはマイナス何度の寒さの中で、わーわーとわめきたてる私たちの横を「またいつものか。やれやれ」みたいに急ぎ足で通りすぎるクラスメートたち。と、後ろからクラクションが鳴らされてようやっとケンカは終わった。 「あっ、麻衣だ! 麻衣~!!」 猛ダッシュで車の後部座席のドアに近づき、ゆっくりと開けられたドアから急いで車内に飛び込む。
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