石楠花色の雨

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石楠花色の雨

「参ったなァ」  じつに四度目である。よく数えているな、なんて揶揄わないでくれ。いくら呟いたって変わらない状況なのは分かっているが、それでも不満を零さずにはいられないのだから、溜息を数えたって、誰も咎めまい。独り言は孤独の特権であるはずだ。  不幸に不幸が徒党を組んで、行き着いた先がこの殺風景だった。辺りには割れた直立照明や錆びまみれの電子盤の亡骸、鉄根を張ったセメントの塊やらが転るばかり。頼みの頭上では崩れかかった豆腐のような天井が、いつ押しつぶしてやろうかと罅で囁いてくる。およそ私の乏しい想像力で考えうる限り最悪だった。長らく贔屓にしてきたはずの体に、斯くの如く裏切られるとは、甚だ己の不運と先見性の無さが嘆かれる。  そうとも。降られてしまったんだよう。雨に。  それも重雨、ゲリラ重雨さ。  白く吐いた息は音もなく、鉛味の空気と混ざり合って消える。 今頃あちらでは厚い屋根と快適な空調の下、学徒達が窓を滴る雫を漠然と眺めているのだろう。私だってできればそこにいたかった。我慢ならない教授の自慢話さえなければ、こんな悪天候の中、好き好んで冷たいコーンクリートの壁に寄り掛かってなどいない。 幾重もの鉄傘と穴だらけの亜鉛版とじゃあ、此方其方見る景色は同じでも、宿借の心持はおよそえらく違った。
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