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アジサイの花が美しく咲いた頃、わたしは不思議な出来事を体験する。
我が家に大昔からあるという池の水面に映る人影に、その人の運命の相手を見ることができる。
この不思議な季節がいつからはじまったのかは覚えていない。
ただ、気づいたらそうなっていたという感じで、水面に映るはずもない人が映っていても特に恐怖を感じることもなく当然のように受け入れている自分がいた。
他と違うことといえば、いつの日からか『恋愛成就』という噂が広がり、地方から多くの女性のお客様が増えるようになった先祖代々継がれる小さな神社が我が家だということ。
正確には、この『斎の森(いつきのもり)神社』にある池の水面に映る運命の相手を見ることができるようになったのだ。
「奏多(かなた)くん、最近遊びに来なくなったなぁ」
今日も変わらず降り続く長雨を静かに眺めながら、父さんがぽつりとつぶやいた。
「受験勉強で忙しいんじゃない」
きっと。
と、語尾は消えそうになる言葉を意識することに気付かれないように努める。
「そうか、さみしいな」
父さんの言葉が、静かに暗い空に響いて消えた。
藤堂奏多(とうどうかなた)とは、幼馴染だ。
幼稚園にあがっても、小学生になっても、中学生になってもこの関係は変わらず続いていた。
あの日、水面に奏多の隣に、見たこともない女性の姿が映るまでは。
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