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「心・・・」
参拝時間もすぎ、そろそろ片づけを行おうという父さんの言葉に境内の掃除道具をとりに行こうとした時、ずっと聞きたかった声がわたしを呼んだ。
「か、奏多?」
・・・な、なんで、ここに?
会いたくて、会いたくなかった人。
「ひ、久しぶりだね」
どう?受験勉強は進んでる?
と、でも付け加えればよかったのに、語彙の少ない私はこれだけ言うのがやっとで、不自然に黙り込んでしまう。ふがいない自分が情けなくなる。握るほうきにぎゅっと力がこもる。
見ていないうちにずいぶん表情が引き締まって、男の子というより、男性ということばの似合うようになった彼が別人に見えた。
「話したいことがあるんだ」
そんな奏多は、戸惑うわたしのことなんておかまいなしに、力のこもったわたしの手をにぎる。
「ちょっ、か、奏多・・・」
「ついてきて・・・」
引かれる手のぬくもりに、胸の鼓動が早くなるのを感じる。
お願いだから、この音が彼に聞こえませんようにと心から願う。
手に込められた強い力とたくましい背中を見ながら、なんだか涙が出そうになった。
いつまで、こうして彼の姿を目で追っていられるのだろう。
「心・・・」
「え・・・」
つれてこられたのは、いつもと変わらないあの池の前。
「い、一緒に覗いてほしいんだけど」
少し照れたように瞳を泳がせ、奏多は言葉をつなぐ。
一緒に覗く?どうして?また、あの光景を見せつける気なのだろうか?
「心・・・」
「で、でも・・・」
もう、見たくない。
それが正直な気持ちだった。
「じゃあ、言うけど」
困ったように頭をガシガシかいて、奏多はもう片方の手でにぎったわたしの手にさらに力を込める。
「好きだ」
強い光のこもった瞳は、まるで知らない人のようだった。
それより・・・
「え?」
い、今、なんて・・・
叫ぶように言葉にされた三語のことばに耳を疑う。
い、今、なんて言ったの・・・
「だから、心が好きです」
何度も言わせるな!というように頬を真っ赤に染めた奏多が顔をそむける。
「おまえがここで何を見たか知らないけど、避けられるとつらいんだよ」
聞こえるか聞こえないかの音で発せられたことばは、風にのってわたしの耳に届く。
私の思考回路を中断させるにはもってこいのことばだったのだと思う。
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